0052 懐かしき思いで 【にしゃんた こらむ】
年末には坂本の青木さんのところに遊びに行くのが僕の恒例行事。昨年末も例によって、鮒寿司を食べながら、日本酒を飲んできました。
「鮒寿司って、美味しいん?」ってよくきかれますけど……。うーん、まぁ……少なくとも珍味ですよねぇ。
青木さんのところに遊びに行くと、いつも神棚から「にしゃんた」って書いたお箸を出してくれはる。あー、ここは日本の実家。帰ってきたって、実感するんです。1年間の疲れを癒し、新年の気合が入る一瞬ですわ。初めて会ったときは、6歳ぐらいだった弟たち(青木さんの子供さんです)、いまではパパになってます。
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日本に来てしばらく、僕は青木さんのところに居候していたんです。弟と僕の部屋は、2階にありました。でも、夕食を食べ終わると、みんなそろって居間でテレビをみるのが日課でした。お母さんだけは、台所の片付けに追われてましたけどね。
居間は、みんなが安心できるところ。思い思いの格好でくつろぐ。昔からそれは変わりません。僕が帰ると、毎年のように、大好きやったブルース・リーやジャキー・チェンのビデオを流してくれるんです。
昔話に花を咲かせる。みんな大声で笑う。いまだから笑える話も多い。
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あのころ。お風呂には弟たちと一緒に入ってました。「お風呂の入り方」を教えてもらってたんですわ。言葉がわからへんので、身振り手振りで伝授された。なぜなら初めて青木家に泊まった日、「ひとりでお風呂に入れる?」ってきかれて、「オフコース」って答えた僕は、一番風呂のクセに湯船のお湯を全部抜いて出てきた。
日本では、お湯をリサイクルするなんて、全然知らんかったんです。それ以降、弟たちのレクチャーが始まったんですわ。
最初は、肌をくっつけながらお風呂に入ることには抵抗あってんけど、頑張りました。いつも一番風呂を使わせてもらっていたんやけど、日本式お風呂術を習得するころには、僕の順番は最後になってましてね。アルバイトからの帰宅が遅かったり、日本語の勉強で遅くまで起きていたりで、気づいたら夜中にひとりで入ることが多くなってたんです。
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当時は一日も早く日本語を覚えようと、青木さん一家の言動を真似する日々が続いてました。とにかく真似をする。これがいちばん手っ取り早い方法やと、いまでもそう思いますわ。できるだけ厳密に再現するよう、努力するんです。
それで青木家の人々はお風呂はいるとき、いつも「オサキニー」って言うてたんです。
僕のなかでは完全に「オサキニー」=「お風呂に入りますよ」っていう意味。だいたい青木お父さんが一番目やった。「オサキニー」の声が聞こえてくる。それから、弟ふたり。またまた「オサキニー」が家中を響き渡る。そして、青木お母さんが「オサキニー」。
最後の僕も、もちろん「オサキニー」。
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でもね、しばらくして、京都の市バスに乗ろうとしていたとき。バス停で一緒に並んでいたお婆ちゃんに、「プリーズ」って、先に乗ってもらおうとしたら、なんとそのお婆ちゃん。「オサキニー」って言うではないですか。「えっ??」
このお婆ちゃん、なんでバスに乗るのに「オサキニー」っていうんやろう? きくにきかれへん。バスのなかで、そのことばっかり考えてた……そして! 天才の僕はひらめきました。その瞬間、僕が天才であることを再確認するとともに、なんて素敵なお婆ちゃんだろう!って思いましたわ。
僕はどう見ても外国人。お婆ちゃんは、その僕にアメリカン・ジョークをかましたろうと、「バス(bus)」と「お風呂(bath)」をひっかけて言いはったんや!!
日本のお婆ちゃん、ギャグも高度ですね。
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すっかり興奮した僕は、青木家に帰ってすぐに、「ねえ、ねえ。きいてよ! 今日、オモロイお婆ちゃんに会うてん」
「何がオモロイねん?」
「バスに乗るときにな、オサキニーって言いはってん。バスと英語のお風呂をかけとるんやで。シャレてるやろ?」
みんな、一斉に笑い転げだす。
ん?そんな、転げるほど面白くはないやろうと思った僕は、
「そんなに、オモロイ?」
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「ちゃうねん、にしゃんた。オサキニーは、『お風呂に入ります』って意味とちゃうねん。『私が先に行きます』って意味やねん」
「最後やのに、大声でオサキニー、言うてお風呂に入るにしゃんたの声を聞いて、みんなそれぞれの部屋で笑うのが、青木家の楽しみやったんや」
「…………」
思わぬ告白。なんとも恥ずかしい。まぁ、外国語を覚えるには、避けて通れない話ですけどね。