13 にしゃんた 入院日記 その2 【にしゃんた こらむ】
入院していた頃、病院を訪ねてくる人の目を見る度に「みんな輝いている」ように思えたんです。でも、精神科に入院してた会社社長の田中さんに言わしたら、患者はみんな優しい目をしてるけど、外から来る人の目は恐いんですって。
「早く社会に出たい!」と焦り、不安でいっぱいやった僕と、社会のストレスに散々痛めつけられて病院にやって来た田中さんとの、違いなのかもしれへんね。
病院は、生きることの難しさを教えてくれた場所でもありました。
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患者ってね。リハビリか面会がない限り、看護婦さんが一所懸命働いてる横で、テレビを見たり、タバコをふかしたり。電話でひたすら「ネェ、来て来て」と片っ端から人を呼んだり。時間を持て余すんですわ。
新しい「趣味」にはまったりする人もいました。
カロリー計算された食事を食べて、みるみる体重が減った中年太りのおじさんは、すっかりダイエットマニアになってね。他には、救急車が来る度に窓際に走って行っては、上から覗き込む人もいました。
入院患者ならではの「趣味」かもしれへんね。
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夜も基本的には早いんです。何しろどこの病院も消灯時間はだいたい午後九時やしね。
でも、看護婦さんの消灯見廻りが終わったら、若い奴等は一斉にラウンジに繰り出すんです。二時間ごとにやって来る見廻りを警戒しながら、ラウンジで宴会するんですわ。
患者の誰もが、自分の怪我のことを聞いて欲しいし、かまって欲しいんですね。寂しい生き物なんですわ。人間って。
愛に飢えてる患者は、非常に敏感でね。看護婦さんや主治医の先生の言動に、過敏に反応するんですわ。せやから、「あの看護婦さんは最高!」とか、「あの先生はめっちゃイジワル」とかが話題の中心になるんです。
田中さんの場合は、ある看護婦さんに優しくされたことで「絶対に彼女は僕のことが好きやねん」と本気で言い出す始末。「あの人が優しいのは、みんないっしょやん」と周りは腹を抱えながら笑ってたけど。
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そういう僕も、優しいなと思ってた看護婦さんからラブレターをもらう夢を見たりしまして。「アレー? もしかして…」なんて、ウキウキしながら次に会うのを楽しみにしたりしてね。
でもその夜、あまりの激痛に耐えられず、何とその看護婦さんに坐薬を入れてもらう羽目になったんです。ラブレターじゃなくて、坐薬をもらうなんて・・・。恥ずかしい話ですわ。
病院は病気を治すための所であって、それに伴う行為を恥ずかしがったりしてはいけないと思うねんけど。でもやっぱり抵抗を感じることも多々あるわけですわ。
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手術当日の浣腸。ちょっと年配の看護婦さんやと、恥ずかしがってる若い男の子をからかうんですわ。座薬入れるときの顔が、なんとも嬉しそうやったりするんです。
それだけならともかく、三分ほど我慢して排便するんですけどね。看護婦さんが見て確認するまでは流したらいけないんです。これはどんだけ恥ずかしいか。
綺麗な看護婦さんとお友達になりたいのに。こんな状況やととてもじゃないけど、なれないような気がして。何よりもイタイ。
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僕は、今まで部分麻酔も含めて五、六回、麻酔を受けた経験があるんですね。麻酔の力はほんまにすごい。体に投入されて意識を無くすまでの速さにもびっくりする。ほんの何秒の世界ですわ。
一方で人格を変える力を持っているように思いますね。手術まで偉そうにしていても、謙虚で愛想のいい人に変身したり、逆に狂暴になってしまうこともあるんです。
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膝の大手術が行われた日。僕の彼女もやって来てて、病室のみんなと一緒にオペ室まで迎えに来てくれたんです。麻酔から醒めかけてた僕は「ありがとう、ありがとう」って、満面の笑顔でみんなに手を振ってたんやけど。
病室の連れらが出ていって、彼女と二人きりになった時。僕は突然、中指を立てて威嚇し、顔を五発もビンタしたらしい。これは後日、彼女から聞いた話ですわ。僕自身は、ほとんど覚えてないんです。
何故そうなったか。
実は、前の晩に電話で彼女と大けんかしたんですね。そのイライラした気持ちが仮死状態のなかでコントロールできなくなって、半ば無意識のうちにやってしまった、と思うんです。
彼女には、後日、きちんと謝って仲直りしました。人間がどんなに弱いもんか、思い知らされましたわ。
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恋人とか家族とかって、ほんまに大切ですわ。
同じ病室の竹田さんは、たくさんの病気を併発して、ぐったりしてはってね。きっと不安でいっぱいやったろうなと思うんです。だんだん、口数も少なくなってきて。
竹田さんの奥さんは、毎日遠くから通って来て、看護してはりました。
ある日、その奥さんが「あの人、今はあんなに弱っているけど、昔はそりゃあカッコよかったんよ」って笑いはったんです。
それは、今でも忘れられないですね。奥さんも毎日の看護と不安で、疲れ果ててたはずなんです。それでも、いつも笑顔で旦那さんを励ましてた。
その笑顔で、周りの僕たちまでも励ましてくれてたんです。
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ずっと生活を共にした連れに、先に退院されるのは寂しいことですね。仲間
退院が近づいてくると、みんなでラウンジに集って、「もう二度と来るなよ」って送り出すんですわ。
退院したくてムズムズしている人も、実際に退院日が近づくと、なんだか寂しそうで。退院してからも病院が懐かしいのか、なぜかラウンジまで遊びに来たりするんです。ほんで昔の仲間に対して「入院中はどれだけ楽やったんか、今になってわかった。だから慌てる必要はない。ゆっくり治療するんやで」と言ってくれるんですわ。
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膝の手術の一週間後、リハビリが始まりました。
この時は、寝返りを打てる幸せ、両足で立てる幸せを実感しましたわ。普段なんとも思っていないことが、どれだけ幸せなことか、入院するとわかったりするもんですよ。
日が経つにつれて、僕の傷口は癒えていきました。でも、手術で左足はO脚のまま、そして右足はX脚のままになってしもうた。
この足は僕にとっては黄金の右足でもあったんです。空手の試合では、この足で蹴ると、相手の腕にひびが入ることもあったくらい。でも、手術を終えた時点で水泳以外のスポーツは禁止となってしまいました。空手四段は、持ち腐れですわ。僕は男の「あきらめ」を胸に、退院したんです。
でもその時、身体が使えへんのやったら、頭で勝負や! って思いました。
今から考えると、大学の教員になる道を選ぶ、大きなきっかけになったんやないかな。
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メンバーは替わっていても、整形病棟のラウンジは、今日も元気に違いない。新しく加わる人、そして退院する人。今日も賑やかに違いない。
みんなとこっそり抜け出して飲んだお酒の味、いつまでも忘れることはないね。
病院の大部屋は、楽しいほうがいい。
患者はみんな、仲良しがいい。
やっぱり看護婦さんは、優しい天使がいい。