26 京都人 【にしゃんた こらむ】
こんなに京都が好きな僕やけど、一度だけ京都を捨てたことがあるんです。
僕は京都府から奨学金をもらってましてね。そのときの引き換え条件で、一枚の契約書を書かされたんです。内容は、
「勉強が終わり次第帰国し、母国と日本の掛け橋になることを誓います」
というものでした。
もちろん、奨学金は欲しいですわ。そやからって、勉強が終わったら強制的に帰国させられるっちゅうのは、すごく嫌やったんです。僕が日本とスリランカの架け橋になれれば、めっちゃ嬉しい。けど、それが目的で日本に来たんとちゃうからね。
僕なりに考えましたわ。散々迷った挙句、たどり着いた結論が、「京都を捨てる」ことやったんです。
男はしたいことをなせ! お金はその次や!
20万円の奨学金をけって、名古屋の大学に移る決意をしたんです。
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上りの新幹線が、京都駅を後にしました。連れは、膝の上で丸まってる猫のアキちゃんだけ。窓の外を、京都の町並みが流れていく。放心状態でした。目から涙が流れ出て、止まらへん。7万円と片道切符で日本行きの飛行機に乗ったときと同じやった。
来日6年目。知らない間に、京都が自分の故郷になっていることを確認した瞬間でした。
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名古屋での生活が始まっても、週末は京都に戻ってきて、空手の練習をしたり、友達とつるんだりの生活が続きました。やっぱり、京都は落ち着く。かなりのお金が、交通費として消えていきました。
ちょうどそのとき、膝の手術を受けたんです。名古屋でも新聞配達してお金を稼いでいたんやけど、それも無理になった。高い手術代も払わなあかん。金は出て行くばっかり。持っていた300万円の貯金は、あっという間に底をつきました。
身体を動かせない状態が、半年も続きましてね。食べ物を買うお金もあらへん。連れのおかんが切り餅を送ってくれはったんで、毎日それを食べてしのいだんですわ。
起きていると腹が減る。できるだけ寝て過ごした日々。お金の大切さを、身にしみて思い知らされました。
僕は、京都に帰る決意をしました。
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でも名古屋では、すごく大事な出会いがあってね。カナダから来たジョンさんという人。地元の新聞に「ジョンさんの名古屋日記」っちゅうコラムを連載していたんですわ。
みんなから大事にされててね。名古屋人と結婚しはって、地域に溶け込んで暮らしてはるんです。名古屋出身の人やったら誰でも知ってますわ。
よその国から来ても、地域住民になれることを教えてもらいましたね。
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僕ね、日本語の弁論大会とかによう出場してて、ようさん賞をもろてたんですわ。
でも、そういうのって一時的でしょ。
ジョンさんみたいに、記憶に残るようなやり方で、発信したいと思ったんです。
京都に戻った僕は、慣れないながらも文章を書き始めました。しばらくしたら、地元の新聞とかに載せてもらえるようになったんです。いまの僕の原点。名古屋でのつらい日々も、決して無駄ではないんですわ。
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京都に戻った僕は、奨学金をもらいながら再び勉強を始めました。それから10年経ったいま、山口の大学で教壇に立っています。
「勉強が終わり次第帰国します」の誓いには、たいした意味は無かったみたい。あのとき僕と同じく誓約書を書かされていた連中やって、日本人と結婚したりして、いまもこの国で生活してますわ。
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山口では、たくさんの学生たちとお喋りしながらも、山口弁に染まらないようしている僕がいる。たくさんの素敵な女性に囲まれながらも、恋に落ちないように努力している僕がいる。
山口って、素敵なところなんですよ。
でも、そんな山口を好きになるのが怖い。
僕は順応性が高い人なんですね。これにはむっちゃ自信ありますねん。言い換えたら、流されやすいんです。いま僕のなかにある「京都人」というアイデンティティを、失いたくない。
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「京都在住のスリランカ人」ってしょっちゅう書かれる。「どこ?」っていきなり尋ねてくる初対面の人もいる。
鼻で笑われようと何だろうと、僕の口から出てくる言葉は決まってる。
「僕、京都人ですねん! よろしくどうぞ」